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40代で母になる。二度の妊娠・出産で気づいた命の尊さ(42歳)

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40代の妊娠・出産にはリスクも多い。流産の確率は40%を超えるとも。だが、数々の経験や思慮を経て、それを受け止める人生経験や知恵があるのも40代。40代で母になるということ、二度の高年齢妊娠で経験した悲しみや喜びから得たものとは。

40代で母になる。二度の妊娠・出産で気づいた命の尊さ(42歳)

「妊娠、おめでとうございます! お一人目? お二人目?」
「ありがとうございます。一人目です」

このやり取りを何度繰り返しただろうか。

そう、私は42歳で思いがけず、二人目の子を妊娠した。
だが、一人目と答えるのに理由がある。

その理由は4年前に遡る。

■全力で仕事に打ち込みたい……母になることを考えたくなかった

7年前、私はIT業界で必死に働いていた。

いくつものサービスを担当し、数少ない女性マネージャーとしてやりがいを感じる日々。
目標はもっと多くのサービス、それに関わる人を幸せにすること。そのためにはさらに出世してもっと大きな裁量を得ることが必要だと信じて疑わなかった。

その年の私の誕生日に夫が投げかけた言葉。
「今は幸せだけど、この先子どもがいなくても幸せなんだろうか?」
私の一番恐れている話題だ。正直、子どもを持つことは考えたくなかった。だが、持たない決断からも逃げていた。自分の年齡はわかっている。でも考えたくなかったのだ。

母親になりたくなかった理由はいくつかある。当時その中で一番強かったのが「今の仕事を中断したくない。全力で打ち込みたい」というもの。今思うと、いくらでも仕事を続ける手段はあったと思うのだが、その他の理由も手伝っていたのだろう。頑なに拒否していた。
そのとき既に35歳。楽しいはずの夜が私にとって心重たい夜となったことを記憶している。

そのまま仕事に打ち込む日々を過ごし、一年。責任範囲はますます広がり、明らかに次のステップも見えてきていたとき。だが、私の身体は悲鳴をあげていた。

毎朝起き上がるのも辛い。遅刻は絶対にしたくないのでタクシーで会社に通勤する日々。
不思議と仕事をし始めると元気になるのだが、長年猛烈に働いてきたツケと管理職のストレスに身体は限界だった。

そんな私を見かねた夫の「仕事を辞めたら?」という言葉と、徐々に芽生えていた「食」に関わるライフワークに時間を使ってみたいという気持ちに後押しされ、退職を決意した。

■38歳で出産、そして息を引き取った娘

毎日の仕事から開放された私は、食の勉強やヨガを始め心も身体もみるみる調子が良くなっていった。起床時に36度を切っていた体温は正常に、不規則な食生活とストレスで浮腫んでいた身体はスマートに。

母親になりたくないという気持ちは、「仕事」という大義名分を失い、揺らぎ始める。私自身、積極的にはなれないが、夫が子どもをほしいのであればと考え出していた。
そして仕事を辞めた翌年に妊娠。

妊娠がわかる直前にはフリーランスの仕事が決まり、仕事でも新しいスタートを切ろうとしていたとき。フルタイムの会社員と違い、かなり自由に時間が使えたため、マイペースで仕事と妊娠期間を両立することができた。

途中切迫早産での入院を乗り越え、9ヶ月の妊娠期間を経たとき、母になる勇気のなかった私はすっかり「母」になっていた。そして4年前に出産。

出産したときの気持ちを今でも覚えている。「この子を一生かけて守る」、そんな強い使命感。そして自然の奇跡への感動。娘の澄んだ目、夫が娘を抱いた姿、すべてが幸福に包まれていた。まるでどこからか光が挿しているような温かい感覚。

しかし、幸福な時間はあっという間に終わる。2時間後に娘は呼吸をできなくなり、4時間後に亡くなった。

■4年の歳月が経ち迎えた新しい命

それから4年の歳月が経った。娘と、なったばかりの母というアイデンティティを一度に失った悲しみや痛みは消えないが、ゆっくりと受け入れ、消化しながら日々を過ごしている。

ずっと続くと思えた闇は徐々に色を取り戻し、夫や多くの人の助けがあって、元の生活に戻れた。
命の奇跡、そして今この瞬間を大切にし、家族やまわりの人に感謝するということを娘に教えてもらったおかげで、今は毎日の生活を以前より幸せに感じる。

ただ、子どもを再度持つことに対しては、娘を失ったことでどうしても向き合えずにいた。自分の子をまた失うかもしれないという恐怖に打ち勝つことは難しい。

40歳を越え、妊娠できる確率が下がったことに、正直どこかでホッとしていたかもしれない。
いつの間にか私はまた仕事に偏る生活を送りつつあった。

ところが、あるとき仕事でストレスフルな時期に引いた風邪がなかなか治らない。身体が弱ると心も弱気になる、そんな悪循環。5年前に退職したときのことをふと思い出し、自分のため、会社のために辞める決心をした。今でも悔しいが正しい決断だったと思う。

仕事を辞めてから体調は自然と良くなり、気持ちも前向きになった。そして3ヶ月後、私は思いがけず二度目の妊娠に気づく。

ずっと恐怖でしかなかった妊娠。妊娠初期は流産の危険性が高く、40代のそれは40%を超えるとも言われている。流産の不安と戦う日々を過ごし、できる限りの検査も行い、なんとか安定期に入った。まだまだ待ち受けるリスクは多い。

ただ、大きくなっていくお腹と、胎動を感じながら、私は母になる決意を日々強くしている。

■40代で母になることは、リスクばかりではない

安定期に入り、気持ちも落ち着いてきたある日、私は妊娠していることを自身のブログで公表した。
友人からのお祝いや励ましの言葉と共に、妊娠時に辛い思いをした方々や不妊治療している方々から多くのメッセージをいただいた。

無事に出産する方は多い。SNSでは連日のように友人たちの子どもの幸せな様子がアップされている。
だが、妊娠したくてもなかなかできない方や、流産・死産など辛い経験をされた方は想像するより多い。二度の妊娠を通して、多くの方の痛みを知り命の尊さに気づかされた。

世の中は「産む」か「産まない」かで語られる。
だが、女性やそのパートナーの人生だけ選択肢があり、また選択したとしてもその行き先は不透明だ。人の力だけではどうにもできないことが起こる。

いろいろな経験や想いを経て40代で妊娠・出産する方が増えている。
もちろんリスクは高いが、それを受け止めるだけの人生経験や知恵があるのも40代。
自分の限界をわかっている年代だからこそ、自分を労り妊娠しやすい身体を整えられるし、仕事で培った人脈を活かして会社員以外の働き方を選択することもできる。

人生はゼロイチではない。いろいろな選択があっていいのだ。
多様な生き方を認め合い、そして誰かの悲しみにそっと寄り添える人でありたい。
二人の子どもは私にそんなことを教えるためにやってきてくれたのかもしれない。

私はどんな母になるのかーー。それはきっとこのお腹の子が指し示してくれるだろう。

Text=平野 響
フリーランスで食xITに関わる仕事に従事。DRESS公式HPで簡単で喜ばれるホームパーティーのレシピやアイデアを公開中。

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平野 響

東京在住・フリーランス。
食べる・呑むことをこよなく愛し、仕事も食関連。
趣味:ホームパーティー、ヨガ・ピラティス

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