尻軽口堅のススメ【甘糟りり子の生涯嫁入り前】

「尻が軽くて、口が堅い」

遊び慣れている男性が好みのタイプを聞かれて、しゃあしゃあとこう答える場面に何度も遭遇した。若い頃は、なんて勝手で品のない言い分なんだ！　とぷんすかしていたけれど、いい大人になった今、「尻軽口堅」（←ラーメンの注文みたいですね）は大切なことだよなあとしみじみ思う。恋愛におけるお作法みたいなもの、というか。ルックスとか人間性とか趣味とかセンスとか以前の条件である。

まずは「尻軽」の部分について。

いい歳をしてお互いその気があるのに恋愛未満というのは、最高にエロティックだ。そんなことは百も承知。しかし、メレンゲみたいな状態を保つのは強者様のなさること。私のようなシロウトさんの場合、危ういバランスはあっけなく崩れ去り、恋人なの？　友達なの？　的な生殺し問題に悩むのが関の山だ。強者様でもない限り、若さを手放した分は、適度なノリの良さで補充しておくのが効率のいい打開策だろう。あくまでも適度なノリだけど。

で、肝心なのは「尻軽」なだけではなく「口堅」ってところだ。

相手が既婚者の場合はいうに及ばず、たとえお互い独身＆フリーであっても、男女のことをペラペラしゃべっちゃう人、私は信用できませんね。つきあいの深さは時間ではないけれど、目安一年間ぐらいは、話した分だけその恋は減っていくと思っておいたほうがいい。

誰かに話すだけで気が楽になる。それはわかる。恋愛が始まった時のふわふわした気持ちを誰かに共有してもらうと、それが倍になる気がする。それもわかるよ、私だって。

だからこそ、その誰かは慎重に選ぶべきなのだ。「ぶっちゃける」ことを目的とした女子会（という呼称はまだ通用するのかな？）で話していいのは、過去になってしまった物語だけである。現在進行形の恋愛をこの類いの会で報告し始めると、本人は無意識のうちに単なるネタ化していくんだよね。盛って話したいがために、恋愛を無駄に加速させ、イコール終了も早いというパターンをたくさん見た。

もう一年近く前だけど、仕事関係での会食でこんなことがあった。かつて連載をしていた女性誌のスタッフが辞めることになり、関係者たちが集まって送別会が開かれた。顔ぶれからファッションや美容の話題が活発で、編集者が「ある程度の年齢になるとロングヘアはむずかしいですよねえ」というと、斜め向かいの席の女性が言葉を被せてきた。

「今のボーイフレンドはね、あたしのこと腕枕しながら、髪の毛を梳くのが大好きなんだって。だから、ショートカットは絶対にできないわぁ、あたし」

私は、口にしていたワインを吹き出しそうになった。だって、ほぼ初対面だよ、私を含む半分近いメンツが。これ、自分を相手のボーイフレンドとやらに置き換えてみたら最悪だ。知らないところで、ベッドのことを話されているなんて。女だからって、なんでもかんでもあけすけに語る権利はない。

会の主役が、社交辞令的にからかうと、ま〜あ語る語る。なれそめからお互いのプレゼントの内容から、挙げ句は身体の相性に回数まで。からかいの相づちは波が引く様に消えて行き、レストランのざわめきには生々しいエピソードだけが放り出された。時間がたっても、あのビミョーな空気は忘れられない。

言葉の主は推定四十を少々過ぎた頃。いわゆる「バリキャリ」で独身。ゆるくブランド武装をしておった。

この人、久しぶりに男ができて、浮かれているんだろうなあ。ついそんなことを思う私は、かなり性格悪い。自覚はある。だからいき遅れているんだよ〜ん。と反省しつつも、私には、彼女の「別に興味ないから結婚はしてませんけど、私なら、いつでもできますから、だって、男ちゃんといますから」という悲鳴が聞こえた気がするのだった。

社会は、私のようなひねくれた視線やオヤジの上から目線、若い子からの醒めた目線などなど、マイナスな目線であふれている。そんなところに、自ら油を注がないほうがいいに決まっている。

尻が軽くて、口が堅い。そういう女でいよう。というより、そういう男性がいたら紹介してくだされ、が本音かも。

久しぶりに、飲み明かした後に麻生十番のたくみに行って、「麺は硬め、油少なめ、味濃くで」ってやりたいなあ。翌朝の後悔もセットでね。