Illustration / Yoshiko Murata
DRESS NOVEMBER 2013 P.29掲載
私、まだプロポーズされたことがないのですが……【甘糟りり子の生涯嫁入り前】
今振り返ってみれば、あれはプロポーズの言葉だった?
「今までで一度も、結婚しようとかいわれたこと、ないの?」
これ、どうして結婚しないんですか? と同じぐらい、よく投げかけられる疑問である。
だからぁ、そんなんあったら、とっくに嫁にいってるわい! と威勢よくお答えしたいところだけれど、さすがに四十年以上も生きてきて、本当に私は結婚にかすりもしてこなかったのだろうかと不安になってくる。
あれこれ考えているうちに、大昔の男友達とのこんな会話を思い出した。シャーデーの『スムース・オペレーター』かなんかがかかっている、間接照明が効いたバーのカウンターで。
「あと十年してさ、お互い誰もいなかったら、そん時は結婚でもしますか」
「だね〜。それ、いいアイデア!」
その時、私はまだ三十そこそこ。目先の〆切で頭がいっぱい、十年先はSF映画の中のことぐらいに遠い未来だった。似たようなことは、何人かにいわれたことも、いったこともある。十年が五年だったり、「二十一世紀になったら」というフレーズだったりという違いはあったけれど。彼らは純粋にただの友達。酔った弾みのキスもない。と思う……。多分。
で、十年なり五年なり二十一世紀が来るなりする前に、皆さん、無事、結婚していくのだった。照れくさそうにそれを報告する時にはもう、中途半端な約束などきれいさっぱり忘れているよう。私は笑顔で祝福しながらも、なんだか自分が時限爆弾の役割をしていた気がした。間に合って良かったね、と心の中でつぶやいた。
他にはこういうのも、よく、でもないけれど、たまにある。
「今夜は結婚しちゃおうよ〜」
この類いは百パーセント、『東京ラブストーリー』の赤名リカの、一世を風靡したあのセリフと同じ意味だ。「カ〜ンチ、セックスしよ」という、あれ。
あ、また例えが昭和になってしまった。すみません……。彼らは、赤名リカみたいな度胸がないか
けだ。断られても、「な〜んちゃって」でごまかせるように。
ほんと、男って、単純な欲望ばかりが強くて、度胸の足りない生き物だなあ。そこがおもしろいというか、かわいいところだけれど。
そういう一夜限りの「結婚」を何度か重ねて、本来の意味での「結婚」にたどりつく場合もなくはないと思う。
しかし、言葉って、なんて軽いのだろう……。ちなみに、リカとカンチは最終的に結ばれてはいない。自分のエピソードを思い出して、そんなことを思った。言葉は私の大切な商売道具だというのに。いやいや、私の周りの男性がたまたま言葉に重みのない奴らなだけであって、いったことにきちんと責任を持つ人はたくさんいるはずだ。
最近、テレビで流されている結婚情報誌のCMでは、MISIAのバラードをバックに、三十人の男性芸人がそれぞれプロポーズをする、というもの。
ネットで三十パターン、一気に見てみた。凝ったいい回しあり、ストレートなものもあったり。場所もいろいろで、なかなかおもしろい。
とはいえ、これ、プロポーズの場面という前提で見ているからわかるものの、あまりにも凝った遠回しのセリフって、ふだんの生活の中でいわれても、結婚を申し込まれているとはわからないんじゃないだろうか。
「ん? 何なに? どしたの? どゆ意味、今の?」
私だったら、眉間にシワを寄せてこんなふうにいってしまいそう。で、きっと、相手の男性はあせる→しらける→諦める(というか、やめる)、という流れが見えてきた。だって、一世一代の場面に、は? てな態度をとられたら、そりゃあ醒めるよね。
なんとなく、自分が縁遠い理由が判ってきた。鈍感。それもひとつの要因なのかもしれない。あの時のあれ、とか、その時のそれ、ひょっとしたら、プロポーズのつもりだったのかも、と思い当たることが二、三、ある。でも、今となっては後の祭り。あの人もその人も、いいお父さんになっているはず。
もし万が一、これから私が嫁に行くとしたら、言葉なんか必要ないのがいい。気がついたら一緒にいました、みたいな。う〜ん、いくつになっても夢見る夢子ちゃんなところも縁遠い理由かもしれません……。