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私には好きな人が何人もいる

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「本当に好きなら浮気なんかしないはず」「本当に好きなら相手の浮気を許せないはず」と世間は言うけれど、本当にそうなんだろうか? そもそも誰かの「本当に好き」って、人が決められること? 雨あがりの少女さんが考える、「浮気」について。

私には好きな人が何人もいる

■「いろんなおいしいものを食べるように、いろんな人とセックスをするんだ」

男の人と寝たあとの朝食はおいしい。私が遊ぶ人はごはんを食べるのが好きな人が多くて、「ねえ、朝だよ、なにか食べにいこう」とささやくと、「いらないよ」とは言わずに「いこういこう、腹が減った」と言ってくれる。あと、絵や音楽を好きな人も多い。いろんな味を試したい、いろんな美しいものを見たい、いろんなリズムに身を任せたい。そういう文脈で、「いろんな人とセックスしたい」というのがあったりする。

まだ二十歳にもならないころ、ある男の人と入った新宿の小さなホテルのカフェの朝食がとてもおいしかった。とはいっても普通の洋食なのだけど、なんだか新鮮な気持ちで、ジュースやサラダのおかわりのために何度も席を立ち、相手に「くいしんぼうだなあ」と笑われたのを覚えている。

テーブルの近くに小さな複製の絵が飾ってあって、あれはミュシャの作品だと教えてもらう。「そういえば君はどういう絵が好きなの」と聞かれて、「うーん、このまえ六本木で見たモネの晩年の睡蓮がよかった。あと、クリムトも好きだし、ピカソもいい。全然系統違うけどさあ」などとパンを頬ばっていると、「系統が違ってもいいよね。こういう気だるいウインナーもうまいし、夜景を見ながら食うフレンチも好きだし、小汚い中華料理屋も最高だし、マクドナルドも大好き」と彼が言う。「おれにとっては遊びも同じだ、どんな人がいい悪いではなく、いろいろ楽しみたいんだよね」。

ともすれば「誰でもいいから、いろんな人と寝たい」という意味にもとれることを、昨晩寝たばかりの女に対して言うのはいかがなものかしら、と少しムッとしたけれど、なんとなく清々しい納得感もあった。本当に好きな絵や食べ物がひとつではないように、本当に好きな人がひとりでなくたっていいだろう。私には好きな人が何人もいる。

■「本当に好きなら浮気なんかしない」という決めつけを無視して生きる

付き合っている人がいながら他の人とセックスをする、いわゆる「浮気」について、世間ではかなりセンセーショナルに扱われるが、個人的にはそんなに大したことだとは思えない。まあ、そういうこともあるよね、と思うだけだ。芸能人の不倫や浮気が発覚すると、連日ワイドショーで取り上げられ、インターネットでも騒がれるが、なんでそこまで他人の遊び方にごちゃごちゃ言えるのか、私には全然わからない。カップルの間でどんなコミュニケーションや約束があったのかなんて第三者が知ることはできないし、たとえ知ったところで、許す/許さないをジャッジできる立場にはないだろう。

「本当に好きなら浮気なんかしないはずだ」とか、「本当に好きなら相手の浮気を許せないはずだ」とか、そういう決めつけを聞くたび、息苦しさを覚える。そもそも、浮気問題に限らず、「あなたの考えが〇〇じゃないのは本当に××じゃないから」という理論はすべてスルーでいいと思っている。発言した人自身が「××のときは〇〇だと考える」タイプの人というだけの話なのに、それを勝手に全員に当てはめているに過ぎないからだ。本当に好きでも浮気をするし、本当に好きでも相手の浮気を許せることはあるよ。

■カップルの平等のかたちは、カップルの数だけある

ミュシャを見ながら朝食を食べた男の人とはその後よい友人になり、今ではセックスをしていない。たまーにタイミングが合えばお茶をするくらいの、心地よい仲だ。彼は今は結婚しているが、他でちょこちょこ女遊びをしているそうだ。あるとき、「ちなみに、奥さんが別の男の人と遊ぶのは全然大丈夫なの?」と聞いたことがあった。彼は考え込み、「うーん、ちょっとイヤかもしれないな」と言った。正直な人だな、と思った。

「パートナーの浮気を許せるなら、浮気してもいい(許せないならダメ)」といったことを言われることがあるが、ちょっと平等を履き違えているのではないかしら、と思う。自分が浮気をしていても相手の浮気を許せない人もいれば、自分がしていなくても相手のそれを許せる人もいるだろう。価値観の違うふたりにとって、浮気する/されるということの重みは同じではない。ふたりの関係の中で、お互いの希望と許容範囲に折り合いをつけることができれば、そちらの方がずっと平等ではないだろうか。

■「浮気してもいいですか?」と聞く人はしない方がいい

「私には恋人がいますが、別の人に言い寄られており、心が揺れています。どうすればいいのでしょうか? 浮気してもいいですか?」などといった相談がインターネットで私のもとによく寄せられる。背中を押してほしいのかな、と思うけれど、私はこういうときに断固として背中を押さないことに決めている。確かに私は浮気について軽く考えているし、自分がその状況だったら正直やっちゃうかもしれないけれど、相談者は私ではないし、相談者の恋人は私の恋人ではない。

私は浮気をされて傷つかない自分を普通だとは思わない。信頼していた人に浮気されて傷つき、何年も異性と付き合えなかった友人もいる。だから他人に「してもいい」なんて軽々しく言えない。むしろ、誰かの許しを得ないとできないような人は、たぶん向いてないからしない方がいいだろうと思っている。「浮気してもいい」理由なんてどこにもない。それでもするなら勝手にやればいい。

■絶対的においしいごはんも、絶対的に正しい恋愛も存在しないのだから

機会があって、あの新宿のホテルに久しぶりに泊まったのだが、すごくおいしいと記憶していた朝食が別においしくなくてビックリした。料理側が変わったというよりは、たぶん私自身の感じ方が変わったのだと思う。あのときおいしく感じたのは、好きな男の人と一緒だったからかもしれないし、まだホテルの朝食というものに慣れていなかったからかもしれない。

いつ誰にとってもおいしいごはんがないように、いつ誰にとっても正しい恋愛など存在しない。結局は自分の責任の領分で、自分のしたいことをする、ということしかないのだと思う。そのとき、他人の責任の領分には足を踏み入れないというのは、最低限にして最大のマナーだ。私の恋愛、あなたの恋愛。モネ、クリムト、ミュシャ。それぞれ不可侵で、それぞれ尊い。

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雨あがりの少女

セックスは舞台。いつも世界の背景に溶けてる地味な私でも、ベッドの上では主役になれる。日々ツイッターでセックス&オナニーポエムを書いてます。

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