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20代女性が年収1000万円以上稼ぎたくて何が悪いの?

20代のうちに年収1000万円を……少なくとも3000万円は稼げるようになりたい。そうやって年収を増やしたいのは、自分の手でいかなるときも大切なものを守る力を手に入れたいから。マドカ・ジャスミンさんのコラムです。

20代女性が年収1000万円以上稼ぎたくて何が悪いの?

「会社員の女の子が20代で年収1000万円?」「無理だと思うよ」

西麻布の一角、地下へと続く階段を降りた先にあるこじんまりとしたバー。私と友人、そして知人のベンチャー企業経営者は東麻布で食事を済ませた後、その知人行きつけのこのバーに赴いた。

会員制とは名ばかりのそのバーは、どうやらこの知人のように羽振りの良い客が多いらしい。カウンターの脇にはInstagramでよく見る高級シャンパンが並ぶ。絵に描いたようなTHE 西麻布のような光景にもう感動を抱かなくなってしまったのは、幸か不幸か。

対面式のソファ席に案内され、知人の隣に友人、知人の対面に私が座った。それぞれ乾杯用のドリンクを頼んだ後、知人は慣例のごとく高級シャンパンをオーダーした。ポンと軽快な音と共にシャンパンのコルクは外され、薄く細長いグラスに黄金がかった液体が注がれる。

それらを持ち、この夜で3回目の乾杯をすると、知人と友人が話し始めた。彼女と知人は初対面で、一次会のときからちょこちょこと自分のキャリアについての話をしていた。アルコールが進み、時間も経ってくると人の気は緩みがちだ。話す内容もどんどん深いものになってくる。

友人が言う。「私、20代のうちに年収1000万円稼げるようになりたいんです」。彼女は現在26歳で、年収は既に600万円を優に超えていた。会社員としても、女性としても、その額面はすごいことだ。同じ上昇志向を持つ仲間として、私は彼女を尊敬し、憧れていた。

そんな彼女に対し、知人が放ったのが冒頭の一言だ。戸惑う彼女に彼はさらに言葉を続ける。

■時代錯誤のジェンダー論でブン殴られた感覚

「起業しているならまだしも、会社員なら厳しいね」「というか、自分で稼がなくてよくない?」「お金持ちと結婚すればいいじゃん。玉の輿が一番だよ」

悪気がない残酷な言葉たちに彼女は乾いた笑みを浮かべ、気を紛らわすかのようにグラスの中身を減らしていく。私は呆気に取られ、同時に静かな怒りが沸々と沸き起こり始めているのを自覚していた。なぜなら、私も20代のうちに年収1000万円を……いや、少なくとも3000万円は稼げるようになりたいと思っている側の人間なので、その大いなる目標を時代錯誤のジェンダー論にブン殴られたような気がしてならなかったのだ。

確かに女友達同士で話をするとき、仕事の話題になったとしても、なかなか年収の話にはならない。どちらかというと、何歳で転職をすればいいか、キャリアと結婚・妊娠・出産はどう両立させればいいか、など。

そして、そこから結婚の話題へ移ると、自分も仕事はしたいけれど、伴侶となる男性にもそれなりの稼ぎがあってほしいという結論に至る。さらにそこにいるメンバーの彼氏の年収が高い、実家が裕福ということが判明すれば、皆揃ってその子を羨望の眼差しで見るのだ。

ダブルスタンダードなのかもしれないが、いくら自分の稼ぎが20代女性の平均年収300万円台を大幅に超えていたとしても、心のどこかでは能力が高い男性と一緒にならなければ子孫を残せないし、育てていけないという根強い意識を消せずにいた。

それは、私が年収1000万円を稼ぎたい理由に通ずるものでもあった。

■「ひとりでも生きていけるようにならなければ」と決意した日

私の両親は私が小学校3年生の終わりに離婚をし、悩んだ末に私は父親との生活を選んだ。決断した理由は至極単純。父と母、どちらも同等の愛情を与えてくれるとすれば、経済的に自由を与えてくれるのは父だろうと考えたのだ。9歳なのになんて冷静かつ合理的判断を下せたのか、未だに謎で仕方ない。

その判断は、その理由に則った意味では正解で、ある意味では不正解だった(この話はまた別の機会に)。今振り返っても、誕生日もクリスマスもプレゼントは当たり前のようにもらえ、日常生活の中で欲しいものは大体買ってもらえた。

「やりたい」と言えば、あらゆる習い事に通わせてくれたし、中3の受験期には塾と家庭教師を両立させてもくれた。食事に困ることなんてなければ、水道光熱費やガス代に口うるさい部分はあれど、インフラに困った経験なんて父子家庭になってから一度もない。それくらい“普通”の生活を送っていた。

一方の母親は、それはもう、嵐のような十数年間を過ごすことになった。すべてをここには記せないが、水道や電気が止まったどころではなく、雑草を食べて過ごした時期や安定期でもない母体で工事のバイトをしていたこともあったらしい。冗談抜きでお金がなかった、と。

父親にバイトを禁止され、お小遣いの範囲内で遊んでいた高校生時代。授業をサボったり、16歳にして24時過ぎに帰宅したりするなど、思春期特有の自分勝手な反抗を重ねていた私とインテリヤクザで昭和気質な父親との仲は最高に最悪だった。その日は某夢と魔法の国に行き、帰り途中で終電を逃してしまった。たまたま連絡のついた母親に事情を話し、宿泊させてもらうことになり、母親と半分血の繋がった姉弟が住む家を初めて訪れ……衝撃を受ける。

集合住宅の一室であるその家は、フローリングと床はザビザビ。お風呂はバランス釜。……特定のリスクを考え、その他の詳細描写は控えるが、とにかくドラマや映画で見るような“貧困”がそこにはあったのだ。そのときだった。「絶対に女ひとりでも何不自由なく生きていけるようにならなければいけない」と決意したのは。

■何の不自由もなく生きてきた自分に気づいた

さらにその決意に拍車をかけたのは、大人になるにつれて知っていった父親のすごさだった。

彼がそれなりに稼いでいることは、中学生くらいの頃から何となくだが感じていた。しかし、別に散財をしているわけでもなく、何なら先にも書いたように生活費についてはどちらかというとケチ。車も中古車を売り買いして、グレードを上げていくタイプ。高校の卒業式に親に買ってもらったmiu miuのパンプスを履いていた友達の家と比べれば、ただの庶民家庭だと溜息をつく。でも、いつしか気づいた。父親は地に足の着いた高所得者であることに。

SNSで煌びやかな世界を見せているような天上人たちはさておき、どうやら父親は統計的に見れば上位数パーセントの中に入るほど稼いでいると知ったのはここ2〜3年の話だ。

元々、自分の手取り額やそこから引かれる固定費などについては自ら伝えてくる人だったので、ここ数年の年収額には「え、父はそんなにもらってるの?」と半信半疑になりつつも、父親の勤め先名と役職をGoogleで検索してみれば……ただそこには真実が載っていた。ちなみに彼は最近また出世し、さらに年収が上がっている。

恐ろしいことに自分は自覚がないまま、十数年以上を高所得者家庭で育ち、その後半から今にかけては年収1000万円以上の家庭内で過ごしていたのだ。自分にとっての“普通”は世間にとっての“普通”ではなく、むしろ圧倒的に恵まれた環境にいたことになる。

■自分の手で大切なものを守るために稼ぎたい

つまり、私が結婚するなり、結婚した相手と別れて子どもをひとりで育てることになったとして、自分が育ってきた環境、“普通”の環境を構築するには年収1000万円くらいは必要になるのだと考えざるを得なかった。

「いや、切り詰めればそんなに必要ないでしょ」「高望みしすぎ」という声は絶対にあるけれど、私は女に生まれたからと言って要らぬ苦労はしたくもなければ、将来的に産まれて生きていくであろう自分の子どもに親の我儘や能力不足で嫌な思いをさせたくはない。甘やかしたいとかではなく、彼・彼女らの興味関心や好奇心の芽を一緒に育てられないようなことにさせたくないのだ。

言葉では反対しつつも、いつも最後は私の選択をあらゆる面でサポートしてくれた父親と同じように、自分の子どもにもしてあげたい。年収でマウントを取りたい、贅沢をしたい、そんな理由で年収を増やしたい人はいるけれど、私は自分の手でいかなるときも大切なものを守れるように稼ぎたい。これに尽きる。

20代前半女性が年収1000万円以上稼ぎたくて何が悪い?
自分で自分を、大切なものを守る力を得たくて、何が悪い?

マドカ・ジャスミン

持ち前の行動力と経験を武器にしたエヴァンジェリストとして注目を浴びる。また性についてもオープンに語る姿が支持を集め、自身も性感染症防止の啓蒙活動を行う。 近年では2018年に著書「Who am I?」を刊行。テレビ番組や雑誌...

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