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家は持たなくても、前向きな生き方にじんとくる『ホームレス ニューヨークと寝た男』 - 古川ケイの「映画は、微笑む。」#3

『ホームレス ニューヨークと寝た男』の主人公はマーク・レイ、52歳。職業:ファッション・フォトグラファー。身長188cm。ホームレス。デザイナーズスーツを着こなす「世界一スタイリッシュなホームレス」の生活に3年間密着した、衝撃のドキュメンタリーです。

家は持たなくても、前向きな生き方にじんとくる『ホームレス ニューヨークと寝た男』 - 古川ケイの「映画は、微笑む。」#3

■『ホームレス ニューヨークと寝た男』(トーマス・ヴィルテンゾーン監督)

本日、DRESS読者のみなさんにご紹介するのは、ファッション・フォトグラファー兼モデルのホームレス、マーク・レイに3年間密着したドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』です。

この映画の原題は「HOMME LESS」。フランス語で「男性」「メンズ」を表す「HOMME」と、ホームレスの「HOME」を掛けています。

この映画が本国で公開されて、もともと住人以外は立ち入り禁止の屋上に住めなくなるまで、マークは6年近くもマンハッタンのアパートメントの屋上にこっそり寝泊まりしていました。

長身でスタイリッシュな彼が、ビシッと決めたスーツ姿で、公衆トイレで身だしなみを整える映像は衝撃的です。

マーク・レイ(52歳)ってどんな人物? なぜホームレスに?

1959年6月25日生まれのマークは現在52歳。ニュージャージー州出身の彼は、両親・兄・姉の5人家族で育ちました。

高校時代はバスケットボールの選手として活躍し、サウスカロライナのチャールストン大学の経営学部に進学すると、教養課程の学位を取って卒業します。

ニュージャージーの輸入業者で働いた後、ヨーロッパで4年間モデルとして活動すると、1994年には演技の学校に通いながら、写真家としても活動を開始しました。

2000年には再びヨーロッパでモデルとして活動し、2007年にアメリカ・NYに戻ってきたマーク。

順風満帆の人生を送っていたかのように見える彼ですが、男性モデルはほんの一握りのトップモデルを除いては、そんなにギャラも良くありません。写真家も同様で、生活コストの高いNYで困らずに暮らしていけるほど成功することはできませんでした。

NYに戻ってきた夜、マークはブルックリンのユースホステルに宿をとります。が、なんとそのベッドがシラミだらけ! 全身を刺されてしまい、友人宅にも泊まることができず、友人宅の屋上に泊まることを思いつきます。

ここに、屋上で暮らすホームレス、マーク・レイが誕生したのでした。

屋上暮らしを始めたマークは、かたっぱしから出版社にメールを送り、モデル兼フォトグラファーとして働くようになります。

ファッション・ウィークの期間中は『DAZED & CONFUSED(デイズド・アンド・コンフューズド)』誌用の写真を撮影したり、俳優としてときどき『セックス・アンド・ザ・シティ』や『メン・イン・ブラック3』などの映画に脇役として出演したり。

毎年クリスマスに、女性と子供のシェルターを提供しているチャリティー団体でのサンタクロースのボランティア活動も7年間続けています。

■マーク・レイ、世界一スタイリッシュなホームレス。そんな彼の1日は?

そんなマークの1日は寝床であるアパートメントの屋上からスタートします。

朝起きると、まずは公園のトイレで身支度。カフェをハシゴしながら、カメラマンとしての撮影や、ときには俳優としての現場の仕事をこなしていきます。

途中の着替えはジムのシャワールームでおこないます。ジムのロッカー4つ分の荷物だけを持つ彼は、お風呂も洗濯もアイロンもすべてジム内で完了。手際もいいです。

夜は友人と飲みにいったり、ファッション業界のパーティーに顔を出すこともあります。

1日の終わりに、屋上に戻ってくるときには、クタクタになるまで疲れて帰宅するのがミソだとマークは言います。そうでないと「眠れなくて余計なことを考えてしまう」から。

■『ホームレス ニューヨークと寝た男』の見どころは?

NYの華やかなファッション業界の裏側が興味深い

NYで、道行くファッションモデルたちのスナップを撮影するマーク。

ファッション・ウィークの期間中、カメラマンとして働く彼に密着した映像からは、NYの華やかなファッション業界の裏側を垣間見ることができます。

美しい女性たちの写真を撮りながら、華やかなパーティーに参加するマークは、とてもホームレスには見えません。

究極のミニマリスト? 必要最低限しか持たない生活にも注目

日本でも堀江貴文氏や高城剛氏など、最低限のものしか持たない生活を提唱している著名人はいますが、実はマークの生活は彼らとは少し違っています。

マークはものを「持たない」のではなく「持てない」のです。

彼の1ヶ月の支出の内訳は、スポーツジムの会費(125ドル)、健康保険料(280ドル)、食費(450ドル)、交際費(300ドル)、携帯電話代(50ドル)の合計1205ドル。

彼にとって、マンハッタンの1DKの平均家賃(2200ドル〜)はとても出すことができない金額です。NYで暮らしていくために、家も結婚も諦めたとマークは語ります。

■日々をもがくマーク・レイの姿に、誰もが自分を重ねずにはいられない

「なぜ自分に自信が持てず、自分が嫌いなのかいくら考えてもわからないんだ」と、マークは言います。

大学も卒業したし、キャリアも築こうとしたのに、ずっと満たされなかった。恵まれた容姿を持ちながら、女性に関しても、誰にも「愛してる」と言ったことがない。

「人生に迷ってばかりだ」。マンハッタンの屋上で、朝日を浴びながら呟くマークの美しさはため息ものですが、同時に切なさを感じずにはいられません。

故郷の実家に帰ると、食べ物であふれる冷蔵庫を見て、じんときてしまうというマーク。それでも、NYでホームレス暮らしを続けるのは、夢を諦めきることができないから。

一時期は自殺も考えたというマークが、それでも日々の持たない(持てない)暮らしを、明るく前向きに送っている姿に、映画を観ている私たちも励まされます。

マークは何も贅沢を望んでいるわけではありません。屋上暮らしはつらいから、せめてアパートに暮らせるぐらいは収入を得たい。誰かを心から愛してみたい。

マークには家がありませんが、家がないからこそ、余計なものをすべて取っ払った「本当に大事なもの」が見えてくるのかもしれません。

家があっても、仕事があっても、私たちはさらなる何かを求めて、いつも満たされない思いを抱えています。

NYマンハッタンの屋上で、今よりも良い人生を求めてもがくマークに、誰もが自分自身の姿を重ねずにはいられません。

『ホームレス ニューヨークと寝た男』は、明日1月28日(土)より全国順次公開です。

■『ホームレス ニューヨークと寝た男』公開情報

『ホームレス ニューヨークと寝た男』
2017年1月28日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー
監督:トーマス・ヴィルテンゾーン
出演:マーク・レイ
音楽:カイル・イーストウッド/マット・マクガイア
配給:ミモザフィルムズ
上映時間:83分
公式サイト: http://homme-less.jp
© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

古川 ケイ

映画・ファッションライター。女性誌や女性向けWeb媒体を中心に、新作映画やオススメのファッションアイテムなどを紹介しています♫

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