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寝ないで手紙を書き続けた3日間

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「30日間毎日手紙を送るために、30通の手紙を3日間かけて書き上げました」と話してくれたエッセイストの生湯葉シホさん。きっと誰にでも、「なんであんなに情熱を注げたんだろう」って思うようなことがある。そしてそれは絶対に無駄なことなんかじゃないんだと、これからもそう思いたい。

寝ないで手紙を書き続けた3日間

「これまででいちばん頑張ったことはなんですか?」と転職先の面接で聞かれて、「手紙を書き続けたことです」と答えたことがある。

手紙ですか、と首を傾げられて、「はい。30通、3日間寝ないで書き続けました」と言ったらぎょっとされた。

「30通でそんなにかかるものなんですか」
「封筒と便箋をぜんぶ手作りしたので、1通3時間くらいかかりました。正確に言うとぜんぶで4日弱くらいはかかったと思います」
「そのあいだ、食事とかどうしたんですか」
「時間がないので、カップ麺を部屋に持ち込んで書きながら食べていました」
「どなたに送る手紙だったんですか」
「彼氏です」

面接官のキーボードを打つ手が止まって、その人はいま考えるとあきらかに怖がっていたのだけど、「アハハ、彼氏さんびっくりされたんじゃないですか? ところで……」とスマートに話題を切り替えてくれた。

私はというと、チェッ、話変えられちゃった、とちょっと悔しくて、最後まで手紙の話をできなかったことにじつは3年くらいモヤモヤし続けていた。ふとそれを思い出したので、せっかくだからあのときできなかった話をいましようと思う。

■なんか派手なことやりてぇな

4年前の12月、恋人が休職することになった。歩けないし外の音が聞こえない、身体じゅうが薄いシートで何重にも梱包されているみたいだと彼が言うので、病院についていくと鬱がひどくなっていた。私たちは当時どちらも実家暮らしだったから、休職を機に1日のほとんどを家の中で過ごすようになった彼のために、私ができることは多くなかった。

手紙を書こう、と思い立ったのはそれでだったと思う。はじめは「長い手紙を書いたら喜んでくれるかな、ふふ」くらいの軽い気持ちだったのが、考えているうちに「なんか派手なことやりてぇな」という衝動に変わっていった。ノリで体育祭の実行委員を引き受けてみたら意外と優勝を目指したくなってきてしまった中学生みたいだった。気づけば私は新宿の世界堂で1.3×10メートルの模造紙を購入し、6畳の自分の部屋にそれを広げて等分に切り始めていた。

30通書く、というのは模造紙を切っているときに決まった。恋人の休職期間が1月末ごろまでと聞いていたので、クリスマスに30通送れば1日1通ずつ、休職期間が終わるまで毎日読み続けられると思ったのだ。

というわけで、まずは30通分の封筒を手作りするところから作業を始めた。どうせやるなら30通ぜんぶ違う見た目のほうが開ける前から楽しくていいと思ったのだけど、手始めに12月24日から26日の3日分を作った時点で半日が経っており、私は早くも自分のアイデアの恐ろしさに気づき始めていた。

ふつうに無印の茶色い封筒買えばよかったクソッ、と後悔しながらもとりあえず作りきると決めて、和紙と組み合わせたりイラストを添えたりと手を替え品を替え、ペースを上げて30通分の封筒を初日に作った。

■わざわざ言わなくてもいいことを

2日目の朝、クリスマスイブと25日に読んでもらうちょっと凝ったクリスマスカードを作り終えたあと、26日の分はどうしようか悩んだ。特になにもない日に手紙を書こうとすると、「寒いから暖かくして寝てね」とか、ほんとうに月並みな言葉しか出てこない。せめて「暖かくして寝てね」は寒さが本番になる1月まではとっておきたい。

しかたがないから「特になにもない日なので、きょう見た夢の話をします」と書き出してみると、なんだか楽しくなってきた。夢には恋人が出てきて、「なんでこのあと晩ごはん食べる約束してたのにビール工場の見学行ってんの? しかも栃木の」と怒られて喧嘩していた。 人の夢の話なんて聞かされてもつまんないよな、とは思ったけれど、読んだ恋人は「そうだよな、シホは急にビール工場の見学行きそうだよな」と言ってくれるような気がして、笑いながら書き進めた。

不思議と、書いているうちに書きたいことがどんどん湧いてきた。最近食べておいしかったものとか、通りかかったお店のこと、知り合いが通っていた歯医者が治療の途中で夜逃げしてしまって困っている話、友だちのみほちゃんの職場の後輩が、教えたことはなにひとつ覚えてくれないのにすごく元気にハイッと返事するから憎めないという話。言わなくてもいいようなことをぜんぶわざわざ伝えたかった。書きながら、骨とか蝉の抜け殻とかをいちいち飼い主のところに見せにいく犬もこういう気持ちなんだろうか? と思う。

■目の前の数日を生き抜くのに本気だった

手紙を書き続けていたら止まらなくなり、2日目はけっきょく会社を休んだ。寝ていたらクリスマスに間に合わないんじゃないかと気づいて、幸い翌日の12月23日は祝日だったので、書き終わるまで寝ないことにした。

書いている途中で、いちど恋人から電話がきた。私は寝ていないので妙にハイになっていて、彼は「薬のせいで眠れない」と言った。わかる、と言いかけたけれど、ほんとうはなにもわからなかったので黙った。私はもともと過眠ぎみで、精神的にしんどいときでも眠れなさに悩んだ経験はない。自分の体調が相手にたまたま近づいてその感覚を疑似体験できた一瞬があったからといって、相手のつらさは私にはわからないし、それを背負うこともほんとうはできない。でも、だからせめて手紙を書きたくなったのかもしれないと、彼と喋りながら思った。

私たちは春と秋にいちどずつ別れ話をしていて、どちらのときも論点になったのはお互いの体調だった。ものすごい傷つけ合いをして、もう修復できないかもしれないという空気がぼんやりと流れたままで冬になり、手紙を書こうと思った動機にはたぶん、そのお詫びのような気持ちもあったのだ。1日分の手紙を書いていると、せめてその手紙を読む日が相手にとっていい日であればいい、とごく自然に祈るような気分になった。

電話の終わりに「Googleのロゴのアニメーションを毎日変えている担当の人とかはめちゃくちゃすごい」と私が言うと、彼は「あれさすがに毎日違う人だろ」と言った。私はいまGoogleのロゴ変更のようなことをひとりでやっているのだ と言いたかったけれど、ぐっとこらえた。

***

手紙はけっきょく12月24日の朝に書き上がった。夕方まで眠ってからそれを恋人に渡しにいくと、彼は箱の中身を覗き込んで「え? ええ~っ、うそ、え~っ」と言った。

それから1月末までのあいだ恋人の体調はあまり上向かず、家に籠もりきりの日が続いたのだけど、彼はときどき思い出したように手紙の返事をメールでくれた。「小学校のときやったコントの台本こんど見せて」「お母さん誕生日おめでとう」「スヌーピーのガチオタなの知らなかったんだけど」「きょう本当に雪降ったじゃん、予言?」……どうやら律儀に毎日決まった時間に開封してくれているようだった。そろそろ読まれてっかな、と考えるたび、私まで妙にうれしかった。

2月になると、彼は休職期間を終えて街に出るようになった。催眠術が解けたあとみたいにすごく自然に。

ほんとうは模造紙から手紙なんか作らなくてもよかったし、あの30日のためにかけた時間と労力を365日にすこしずつ分散したほうがたぶんよかった、といまは思う。ただあのときはそれができなくて、私も恋人も目の前の数日を生き抜くことに本気だった。

数年後、別れてしまったあとに「あの30日は不思議と無敵だったなあ」と彼がつぶやいているのをたまたま目にしたことがある。もう絶対あんなばかなことはしないけど、「うん、私も」と思った。

『偏屈女のやっかいな日々』の連載一覧はこちらから

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生湯葉 シホ

1992年生まれ、ライター。室内が好き。共著に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER)。

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