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「あのとき抱きしめていればよかった」と後悔して死ぬくらいなら

ほんとうに大切なことを見失わないように生きていたい。

「あのとき抱きしめていればよかった」と後悔して死ぬくらいなら

東京、7年目。

大学を卒業して、新卒で就職して
関西から上京をした。

最初に入社をした会社は
もう退職してしまったし

営業から物書きへと
仕事もがらりと変わった。

けれど、わたしは今も
東京ではたらいている。

両親はふたり
実家で暮らしている。

今年、67歳になる父と母。

濁しても仕方ないから
単刀直入に言うけれど

いつ死んでもおかしくない
そんな年齢になりつつある。



決めていることが、ふたつある。

ひとつ、週末は両親に電話をする。
ひとつ、定期的に、できれば月に一度
両親に会って顔を見せること。

理由はいたってシンプル。

家族との時間を大切にしたい
ただそれだけ。



それからもうひとつ
決めていることがある。

ふたりに会って別れるとき
東京に戻るとき
手を握るか、ぎゅっと抱きしめる。

ちゃんと、触れる。

父も母も、そして、
やっているわたし自身すらも照れて
はにかんだりしちゃって。



わたしが小学生のときから
大学を卒業するまで

サラリーマンの父は
単身赴任で全国を飛び回っていた。

大学卒業と同時に終わったかと思えば
次はわたしが東京へ。

いっしょに暮らした事実も
記憶も、ほとんどない。


ある日、父が笑いながら
こう何気なくこぼした。

「何だか、いきなり大人になったな」。



そんなわけで、
私の29年間の人生の大半は
母とふたりの生活だった。


でも、わたしはいい娘じゃなかった。
それはもう、ずっと前から。

中学のバレー部で監督から
3年間ずっと、理不尽な扱いを受けて
毎日、怯えながら生きるようになって

自分の感情を
うまく外に出せなくなって
内にこもるようになってしまった。

それはいつしかクセのようになって
長い間、続いた。

部活をやめてからも、ずっと
いつも世界に怯えていた。

そのもどかしさが溢れてしまうと
よく、母にぶつけてしまった。

いつも上手に伝えられなかった。

きっとたくさん悩ませて、
たくさんたくさん、傷つけた。



10代も、20代も
親孝行なんてまったく
できなかった。

罪滅ぼしというと
ちょっと違うけれど

あの頃を埋めるような気持ちで
だから今、週末に電話をするし
定期的に会いに行く。

そうしなきゃ、という気持ちと
それ以上に

そうしたいという気持ちを抱えて。



親と、抱きしめ合うなんて。

もう子どもじゃないのに、とか
恥ずかしくないか、とか
はたから見たらいろいろ
あるかもしれないけれど。

もう子どもじゃなくても
たとえ、恥ずかしくても

「あのとき、抱きしめていれば」と
後悔してしまう明日を迎えるより
ずっとずっとマシだ。

もちろん、恥ずかしさはある。

でも、恥ずかしさも言い訳も、
自分を守るだけのもので。

自分を守るよりも
大切なひとを大切にするほうを、選びたい。



家族に限らず、そうしたい。

日々を一生懸命に生きていると
一生懸命になりすぎて

考えすぎて
気を遣いすぎて
遠慮しすぎて

本当に大切なことを
見失いそうになる瞬間が
人生にはあると思う。

好きな人に
「会いたい」と言えなかった。

照れ臭くて
「ありがとう」が言えなかった。

一緒にいるのが当たり前すぎて
「大好きだよ」と言えなかった。

また今度でいいかと
手を振って、別れて。

”また今度”が、必ずやってくる
そう言い切ることなんて、できないのに。



恥ずかしいという感情で
自分を守るくらいなら

会いたいとか
ありがとうとか
大好き、とか

言葉で、態度で、この声で
ささやかでも伝えたい。

いつか死んで
終わりを迎える
それだけは、確かだから。

それはまだ
ずっと先かもしれないけれど

次の瞬間かもしれないから。



大切なものも
大切なひとも
大切なことも

近くても遠くても
どこにいても
どんな距離でも

自分自身が見失わなければ
ちゃんと大切にできるはず。

ちゃんと、大切にして生きたい。


それは、願いであって
きっと、覚悟のひとつ。

あやか

ライター/物書き

1988年生まれ。 「仕事」「生き方」についてよく書きます。 言葉をつむぐことで、日々の温度をすこしあげられたら。 空を眺めることとお散歩が好き。

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