嘘から始まる大人の恋愛戦略【恋愛難民、王子様を探す】第2話
男日照り暦5年の恋愛初心者・鎌谷素子は、同窓会で再会した長嶋に好意を抱くが、どうしていいかわからない。そんな素子に腐れ縁の腹黒女・高山聡子が「デートに誘え」と脅迫する。恋愛難民と化した女は、無事運命の王子様を見つけて失われた青春を取り戻せるのか? 連載「恋愛難民、王子様を探す」#2をお届けします。
■恋愛初心者の憂鬱
私はスマートフォンをつまんだり握ったりを繰り返していた。聡子から長嶋くんの連絡先を教えてもらったものの、どうしたらいいのかわからない。恋愛筋肉が衰え切っていて、動かし方を忘れてしまった。
「どうやるんだっけ、レンアイ……」
「女としての職務怠慢ね」
気がつくと後ろに聡子が仁王立ちしていた。音もせず人の部屋に入ってくるなんて、妖怪みたいな奴である。私が不法侵入を訴える前に、聡子がトゲのある声で言う。
「あんた義務教育しか受けてこなかったの? 高校からは男と女の騙し合いを学ぶんでしょうが」
「なんじゃそら」
「どんなに純粋なヒロインだってね、16歳になれば嘘泣きを覚えるのよ」
「長嶋くんの前で泣けってか?」
「ばかねえ、涙は安売りするもんじゃないわよ。嘘をつけって言ってるの」
私がぽかんと呆けていると、聡子は仰々しくため息をついた。
「あんた、恋愛シミュレーションゲームやったことないの?」
「あるけど」
むしろ聡子が恋愛シミュレーションゲームを経験済みとは驚きだ。
「最初に気になる男を誘うときに、どんな誘い方した?」
「そのキャラクターが好きなイベントに……あ、そういうこと?」
「長嶋はサッカーが好きだから、サッカーの試合に誘いなさい」
「そんな単純なやり方でうまくいくかあ?」
「あのね、相手の心の中に入るには、まずは共通項が必要なの。なんでもとっかかりは共通項」
「共通項ねえ」
「だから自己紹介では自分の趣味を3つ言うのが鉄則。どれかひとつはひっかかる可能性が高いからね。ダメなら延々といろんな話題を振って、相手が良い反応を示す話題を探すのよ」
「うーむ」
「でも今回は長嶋がサッカー好きってのを知ってるわけだから、ピンポイントで効率的に攻めていくべきね」
「恐るべし、嘘つき聡子の騙し術……」
「失礼ね、コミュ力の女王と呼びなさいよ。女にとっちゃ嘘も化粧よ」
そういって勝ち気な笑みを浮かべる聡子は、たしかに客観的に見ればそこそこいい女に見えた。
小賢しい気もするが、ここまで考えて行動するのはひとつの努力とも言えるし、立派な恋愛戦術ではある。聡子が一生懸命作戦を練りつつ男を落としているのはいっそ健気なのでは、という考えが頭をよぎったが、すぐに思考の焼却炉に捨てた。天上天下唯我独尊女に健気なんてとんでもない。
「サッカー観戦か。初めてだなあ。でも、急に『サッカー観戦に行こう』って誘うわけ? 唐突じゃない?」
「初デートの誘いなんてのは唐突なもんよ。それとも、長嶋の最寄り駅前で待ち伏せして『あっ、長嶋くん? うそやだ偶然!』なんてストーカーまがいの誘い方でもする気?」
「そんな根気も勇気も持ち合わせておりません」
「『サッカー観に行きたいんだけど、長嶋くんサッカー好きだよね? 連れてって!』と言うくらいの愛嬌を見せなさい」
「ああ、好意が透けすぎてこっぱずかしい!」
「ばかもん、好意なんて見せてナンボよ。男は『こいつ、俺のこと好きなのか?』と思ってから相手を意識するもんなの。そもそもノーリスクで魚釣りあげようなんて甘いわよ」
「レンアイって体力いる……」
へろへろと携帯に手を伸ばし、長嶋くんの連絡先を開く。フリック入力する指が緊張でひんやりしてきた。途中で手を止めると、聡子の目が鬼軍曹のごとくギロリと光る。私は腹をくくり、送信ボタンを押した。
「ええい、ままよ!」
「送った?」
「送った」
「手が焼けるわあ。あとは長嶋からの返信を指折り数えて待ちなさい」
「そんな待ちぼうけは耐えられん」
携帯を持っていると落ち着かないので、ポイとベッドの上に投げ捨て、気を紛らわすために本の世界に逃げ込もう! とお気に入りの本を取り出した。
しかし、何分経っても浮ついた心は現実世界に留まったまま、上の空。あきらめて天井を見上げたとき、携帯がピロリと鳴った。
心臓がうさぎのように跳ねあがる。
聡子はいない。
そろそろと携帯に近づき、しばらく見つめてから手を伸ばす。トットットッ。早鐘のような鼓動が体内で鳴り響き、ちょっとくらくらした。
“長嶋”という文字を見た瞬間、胸がキュウと締まる。すぐにメッセージを開く。
――「いいね、行こう!」
たった8文字。なのに、それなのに。
どんな凄腕コピーライターでも、こんなに短い言葉で私を舞い上がらせる人はいないだろう。
(第3話につづく)