Illustration / Yurikov Kawahiro
January DRESS 2016 P130
あなたは不倫の経験ありますか?【甘糟りり子の生涯前】
恋愛が酔っている状態のことだとすると不倫は“嘔吐をしながらの泥酔”。それでも不倫、しますか?
そういったのは、まさしく今年四十歳になった友達だ。その「道」とは婚外恋愛、そう不倫のこと。彼女は独身。三歳年上の男性がやんわりアプローチしてきて、なんとなくいい雰囲気になった。そういう関係になってもいいかなぁと思っていた頃、男性が既婚者だということを知ったそうだ。で、相手のいいわけがこれ。
「そんなの、知った上で会ってるんじゃなかったの? 共通の友達だって多いんだし。別に聞かれなかったからさ、わかってるもんだと思ってた」
彼女は、もちろん既婚者だったという現実に傷ついたけれど、自分が気軽に不倫をする女だと思われたのもショックだったという。私は、深い関係になる前にわかって良かったね、というしかなかった。ここで私が相手をののしれば、友達がみじめになる。
傷ついた友達をはじめ、友人知人たちから、この連載で不倫について書いて欲しいというリクエストを何度か受けた。う〜ん。そういわれても、なかなかむずかしいテーマですよ、これ。正面切って否定するほど生真面目ではないし、批判覚悟で肯定できるほど女気(ん? 男気?)もないし……。
一口に不倫といっても、さまざまなケースがある。私の友達のように後から既婚だとわかる場合、事実を知っているのにどうしても好きになってしまう場合、それから恋愛の代わりの埋め合わせにする場合、などなど千差万別。
一番ダメだと思うのは、最後のパターン。本心では恋愛をしたいし、結婚もしたい。でも、対象の年齢の独身男性だとついかまえてしまい(結婚を意識するからね)、あげくに慎重になり過ぎて、代替え案として、「とりあえず」既婚男性との疑似恋愛に走るのだ。結婚を意識しない分だけ、投げやりになれるし、大胆にもなれる。刹那的な高揚があるだろう。
でも、これはアカン。目先の寂しさを、まがりなりにも他人様のもので埋めるなんてその他人様に失礼だ。不倫は、その他人様(相手の配偶者ですね)への謝罪の気持ちを心の中で抱えていなければならない。仮に、それがどんな悪妻でも。
同時に、自分自身に対しても、失礼ではないかと思う。いわゆる、ひとつの、モッタイナイ、だ。
まあ仮に、同じ分量だけ、お互いがお互いを安易な消耗品だと割り切っているなら、もう勝手にすればいい。でも、それを続けていくうちに、どちらかの気持ちが過剰になり、危うい関係のバランスは崩れるのではないだろうか。どうしても、心の逃げ場のない独身のほうが過剰になりやすい。過剰になった自分をうまくコントロールするのはむずかしい。
などと、エラソーにあれこれいうなら、自分のことをちゃんと書かなきゃね。
正直にいうと、私は経験あります、既婚者とのあれこれ。最初からわかっちゃいたけれど、好きになった。自分にブレーキをかけ続けたけれど、どうにもこうにも止められなくなった。
と、勘違いしていたのかも、当時は。
もちろん、あの気持ちは偽物ではなかった。好きになればなるほど悲しくなったし、その悲しさが気持ちを増大させるのであった。本当に自分勝手な発想だけれど、マイナス要素がある分だけ、純度が高い気になった。やっすいドラマにあるような、「出会うのが遅すぎた」なんて思ったこともあった。なんて傲慢な。あぁ、恥ずかしぃ……。
でも、ひりひりしたシチュエーションに酔っていたところもゼロではないと、今にして思う。
そもそも、恋とは酔っている状態だ。たとえが汚くて恐縮だけれど、不倫とは嘔吐をしながらも泥酔し続けるようなもの。これ、けっこうキツいし、身体に悪い。
そのキツさに耐えられなくなった私は、自分を断崖絶壁から突き落とすつもりで(いちいち大げさで恐縮です)、ヤな女&めんどくさい女のふりをした。本当はふりなんかではなくて、地が出ただけだ。そもそも好きな男の人に対してめんどくさくない女なんていない。
たまっていた不満が爆発して、脈絡もなく、一気にそれをぶちまけた。それまでものわかりのいい大人の女の仮面をかぶっていたから、さぞ相手は面食らったことだろう。
こういう恋愛は、ひとりでいるよりもさびしい状態である。ゼロはいくらかけてもゼロだけど、マイナスもプラスと同じで、かけ算する度にふくらむよ。
若くはない女に時間はない。割り切ったお遊びなんかしている暇はないし、ものわかりのいい女を演じるふりをする必要もない。多分、婚外恋愛をする男には、こちらの我慢なんてまったくわかっていない。想像すらしていないのではないだろうか。
それでもする? 不倫。