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幸せになりたい! シンドローム【甘糟りり子の生涯嫁入り前】

「私たち、絶対幸せになろうね!」 いつでも幸せを願っている人は、幸せをつかみにくい、かも。

幸せになりたい! シンドローム【甘糟りり子の生涯嫁入り前】

「アマカスさんたちがもうちょっと困った顔してくれないと、私たちの世代が困るんですよねぇ」


先日、ジェーン・スーさんとお食事をした時にいわれちゃった(DRESSで対談してから、仲良くなりました)。
乱暴に意訳してみれば、結婚もしないままのあなたたちに楽しそうにされると、下の世代の自分たちも全然あせらなくてすむので、同じように未婚のままで過ごしてしまうじゃないか、どーしてくれるんだよー、とまあ、多分、こんな感じだろうか。

どうやら、彼女には「とっても楽しそう」に見えるらしい、この私が。

正直、「なんで?」とは思う。

かつての自分、三十代の私なら、確かにそう見えたかもしれない。都心のマンションに暮らし、毎晩のようにパーティやら会食やらに流行の服で着飾って出掛けたり、ミラノやパリのコレクションの取材に行ったり、海外での輸入車の試乗会に呼ばれたり、そりゃあもう、はなやかな日々だった。
 
でも、派手なことって意外と飽きてしまうんだよね。変化の連続って、それ自体は退屈なものだ。

で、そんな生活から離れたくなり、42歳の時、ロンドンマラソンに出ることにした。一年近くの間、夜の社交を断り、ひたすらマラソンの練習と原稿を書くという単調な毎日を送った。ほんと、あの頃は充実していたなあ。

あの充実感を知ってから、私の日々は一気に地味化していった。都心の高層マンションを解約して、実家のある海沿いの街に仕事部屋を借りた。

最近は、原稿書いたら海岸線を散歩、ちゃちゃっとご飯作って、DVD見ながら一人晩酌して夜中に就寝、なんて日が多い。他人からは寂しい女に見えるかもしれないけれど、そんな毎日がけっこう気に入っている。

結婚歴なし出産&妊娠経験なし恋人なし貯金もほとんどなし、おまけに借金もなし。無駄な脂肪とおもしろくて頼れる友達だけは、それなりに貯蔵してある。

こんな私が楽しそうに見えるのかなあと疑問なのだけれど、そもそも「楽しい」とはどういう状態なんだろう。若くはない女性たちの幸せとは、どのような形をしているのだろうか。
 
友人(四十代半ば、×イチ)に、やたらと「私たち、幸せになれるかな〜?」とか「私たち、絶対に幸せになろうね!」という女がいる。いわれる度に、私はつい反論してしまう。大人気なく。



「ちょっとぉ、無い物ねだりのそっちと一緒にしないでよ。私は今でもじゅうぶん満足してるんだからさ」

こうして書いているだけで、不満そうな彼女の顔が目に浮かぶ。この「幸せになろうよ」電話は、結婚式の後にかかってくることが多い(=週末の夕方)。この間の日曜日もかかってきた。めんどくさいので、ネット・サーフィンをしながら適当に相槌をうっていると、画面には「幸せを掴みにくい人の七つの特徴」とかいう記事が出てきた。なんてタイムリーな!

特徴の三つめに「いつでも幸せになりたいと願っている」とあって、思わず大笑いしてしまった。それを友人に伝えると、悲鳴に近い声をあげるのだった。

「幸せになりたいって思うと、遠ざかっていくってこと? なんでよ? それ、おかしくない? あたし、不幸なんかヤなの、それだけなのにぃ」


いやいや、そういうことではなく……。

幸せって、そんなにきれいに整えられて、ぽんと目の前に置かれるものではないんじゃないかと私は思う。
人生は、試合の勝敗のように、こちらが幸せでこちらが不幸なんてきっちり線引きできないのだ。

同じ状況や似たような現実でも、じゅうぶん納得できる人とできない人がいる。できる人のほうが幸せに近いだろう。できない人は何を手に入れても他の何かが足りなくて、ずっと「飢え」を抱いて生きていくはずだ。

しかし、いつまでもガツガツと目に見えない「幸せ」なんてものを求めていく友人が、うらやましい時もある。エネルギーにあふれたその様子が魅力的だし、右往左往することこそ、「生きていく」という感じがするから。今の私は、ちょっと悟り過ぎかもな。

もう若者ではなく、かといって中年とは認めたくない、そこのあなた! 「幸せ」なんて概念から、いったん距離を置いてみるのがいいかもしれませんよ。

甘糟 りり子

作家。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムで活躍中。『産む、産まない、産めない』など著書多数。読書会「ヨモウカフェ」主宰。公式ブログ http://ame...

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