「依存」と「恋」を履き違えて失敗した話
Amazon Prime Videoで配信中の恋愛リアリティ番組『バチェラー・ジャパン シーズン3』に参加した恋愛ライター・永合弘乃の恋愛エッセイ。「恋」のつもりが、気づけば「依存」になっていた恋愛、その結末とは?
孤独によってできた心の隙間を、誰かで埋めたいと思うときがある。
そう思ったときに現れた人が、恋人になったら。
それは「依存」なのか、それとも「恋」なのか。
■孤独を埋めてくれた彼
私が人生で一番孤独を感じたのは、大学進学を機に上京したときだった。
友達もいないし、地元に残った彼氏とは別れかけの遠距離恋愛中(その後すぐに別れてしまった)。もちろん、上京したからにはやりたいことがたくさんあった。新生活にも期待していた。だけどそれ以上に、ひとりの6畳間で過ごす時間が、孤独で、寂しくて、どうしようもないくらい嫌いだった。
上京しなければよかった、と思う夜もたくさんあった。ひとりがこんなに寂しいものだと、経験するまで知らなかった。
上京してすぐ、仲のいい男友達ができた。同じ大学の同級生だった。
東京育ちの彼は、田舎者の私に、定期の買い方からおすすめのお店まで、まるでお兄ちゃんのように手取り足取り教えてくれた。風邪を引いた日には、薬と差し入れを持ってきてくれた。
「へー、これがPASMOね!」
私が「当たり前」に対して驚くたびに、彼は優しく笑った。私はいつの間にか、彼にどんどん頼るようになっていた。
大学の課題や授業の出席代行、ときには寂しい夜に急に呼び出して、話を聞いてもらったり。そんな関係が1カ月ほど続き、彼から「付き合おう」と告白された。
ふたつ返事でOK。交際がスタートした。
当時、私は本当に友達がいなかったし、頼れる相手も彼だけだった。
一緒にカフェにいくような友達はいたけれど、どうも居心地が悪かった。東京で生きていくためには、キラキラしている自分を必死で取り繕わなくてはいけない、と勝手に思っていたからだ。
だから必然的に彼と過ごす時間が多くなっていた。
だけど、少しずつ状況は変わる。
数カ月経って、私にも本心で向き合える友達ができたのだ。
彼と過ごす時間が減って、友達とカフェやショッピングを楽しんだり、サークルの仲間と旅行に行ったりすることも増えた。
上京して4カ月経ったころには、入学当初毎日会っていた彼と学校以外で会うのは、2週間に一度になっていた。
それはまぎれもなく、友人たちや趣味ができたことによって私の心が満たされていたからだ。
■彼の浮気が発覚、そして
そんなとき、ある事件が起こった。
彼の浮気が発覚したのだ。なんの前触れもなく、突然のことだった。共通の友人が、彼の同級生のひとり暮らしの女の家の前に、停まっている彼の自転車を見つけたという。
そして、ふたりで部屋から出てくる現場を目撃したというのだから、これは浮気に間違いない。
まるで昼ドラじゃないか、そう思った。昼ドラ的展開で言えばこの後、定番の修羅場だ。
涙は一切出なかった。それよりも彼を怒鳴りつけて、その女を特定して、問いただしてやろう、そんな気持ちだった。悲しみではなく、怒りだった。
私はすぐに彼を呼び出して、話し合いの場を設けた。
「なんでなの? 意味わかんないんだけど! その日、私風邪ひいて学校休んでたよね? そんなときによく他の子と一緒にいられたね!」
とにかく私は彼に怒りをぶつけた。
感情的に、一方的に言葉を投げつけた。彼はそれを黙って聞いていた。
しばらくして「ふぅ」と小さくため息をついたあと、落ち着いた言葉でこう言った。
「君は、さ、一度でも俺がしんどいときに傍にいてくれた? “その日私が~”っていう言葉も……そういうところ。結局いつだって自分のことしか見えてない」
いつもは無口な彼が、私の目を見つめながら、淡々と言った。
そのとき、私はふと、友人に言われた言葉を思い出した。
「あんたってひどいよね。いつも酔っ払ったときに彼氏を呼び出して」
たしかに当時の私は、つらいときや、さみしいときに彼に会いたいと思っていた。
だけど、楽しい時間の多くは友達と過ごしていた気がする。
そのときの私にとって「依存」と「恋」はまったく同じものだったと思う。でも、それで良かった。私の心の隙間を埋めてくれる彼がいるおかげで、笑って頑張れることもたくさんあったから。
彼は言葉を続ける。
「自分が寂しいときとか、しんどいときにしか君は俺を必要としない」
一方的に彼が自分の感情を話すのは初めてだった。
私は、「そんなことないよ」とすぐに言おうとした。だけど言えなかった。
「俺に頼ってくれるのはうれしかったけど、もう限界だよ」
彼は最後にそう言った。
......ん?
……あれ?
これ、浮気について私が問い詰めている場面だよね?
なんで私が説教されているんだろう。
内心、そう思った。
でも、やっぱり何も言い返せなかった。
「自分が寂しいときとか、しんどいときにしか君は俺を必要としない」
彼の言葉がずっと私の脳内で繰り返し再生されていた。図星だった。
「……俺のこと好きだった?」
続けて彼が言ったその言葉に、私は「うん」と即答することができなかった。
私はワンワン泣いた。
ごめんなさい、と言いたかったけれど、その言葉さえも出てこなかった。
とにかくワンワン泣いた。
このとき、彼が本当に浮気をしたかどうかなんて、もうどうでもよくなっていた。
だって、私は彼が浮気をした理由が知りたかったわけじゃない。私を裏切った彼に怒りをぶつけたかっただけだったから。その怒りは、自己愛のあらわれだった。相手よりも自分自身を何よりも優先したいという身勝手な感情だった。
そうだ、私はいつだって自分の事で精いっぱいだった。デートだって、いつも自分が行きたいところばかり。一度だって彼が「行きたい」というところに行ったことはなかった。「会いたい」と彼が言えば「会いに来て」と言った。
そのくせ、自分が体調の悪いときや嫌なことがあったときは彼を呼び出して話を聞いてもらっていたのだ。そうやって、私の心の隙間を埋めてくれていたのが、彼だった。
「まあ......勘違いさせてごめん」最後にそう言って彼は私のアパートを出た。
なぜ彼が女友達の部屋から出てきたのか。あの日の真相は今でも闇の中だ。
この一件をきっかけに私たちは別れた。
■「恋」と「依存」の違いとは?
あれから数年。
彼と大学の集まりで再会した。
知らぬ間に結婚して、パパになっていた。驚きと少しの寂しさを隠して、彼がトイレから帰ってくるタイミングで「おめでとう」と声をかけた。それと、今さらながら「あのときはごめん」も。
すると彼は「若かったよな、俺ら」とだけ言って、みんなの輪の中に戻った。私が「え、それだけ?」と思ったのは、「あのとき実は……やり直したかった」という言葉を期待していたからかもしれない。
恋人に対する感情が「依存」だったのか、「恋」だったのか、それに気づくのはいつも別れた後だ。
いったい、本当の愛ってどこにあるんだろう。
私は、今も「依存」と「恋」の違いがわからない。ましてや愛なんてもっと。
そんなことを考えながら、ぼんやりと彼の背中を見ていた。
Text/永合弘乃
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