Instagramでのぞき見た、彼とあの子のラブストーリー
エッセイストの大島智衣さんが、恋愛とSNSにまつわる「きゅん」「えええ!?」なエピソードをつづる連載「SNSと恋模様」。第3回はInstagram編をお届けします。かつて好きだった人が結婚したらしいこと、さらにそのお相手を、Instagramで発見してしまい……。
はじまりは───ずいぶんとInstagramの更新が滞っている、とある人の様子が気になって、彼がタグ付けされている写真の一覧を眺めているときだった。
ふと、男女が並んでいる後ろ姿の写真に目が留まる。顔は写っていないけれど、たぶん彼だ。そして、コメント本文には「◯◯夫妻とランチ」との文言。
“夫妻”……? 彼、結婚したの!?
すぐに隣の女性をしげしげと見つめるが誰だかは見て取れない。タグ付けは彼しかされていないし、コメントをしている数人の誰かではないようだ。「いいね!」の数は3ケタ越え。
これは……長く険しい道のりになりそうだ。(なにが?)
そう諦めていったんアプリを閉じた。
*
彼というのは、かつて一緒に仕事をしたことがある人で、丁寧かつ迅速な仕事ぶりに留まらず、見た目も完全に素敵だった。
甘くやさしいまなざしを隠すように重く垂れた前髪に、「邪魔じゃい。目元、見せてくれい!」とやきもきさせられながらも、まくったシャツの袖から伸びる腕や手はがっしりとしていてそのギャップもたまらなかった。
しかして何より、当時彼は“独身・彼女なし”だった!
そんな彼には当然、好意しかなかった。けれど、お互いのInstagramをフォローし合う仲にまでしか近づけなかった。
だが数カ月後。彼から突然、「今日、ごはんでもどうですか?」と電話が来たのだった。
もうなんていうか、今まで使う機会なかったけど初めてこの言葉使う。
ブ チ 上 が っ た !!
もちろん即OKして、行きつけの店を予約した。
というのが、彼と私のハイライト。後にも先にも……。
あの日は、ふたりきりでごはんを食べながら、たくさん喋った。重い前髪越しに、たくさん目が合った。
けれど、それっきりだった。
しばらくして、彼が打ち合わせで近くに来ていることを知ったときに、ごはんのお誘いの連絡をしたけれど、やんわりとやんわりと時間のなさを理由に断られた。
私、なんかダメだったのかな……。
せっかくのあの日に、彼に「また会いたい」と思わせられなかった。“恋愛対象としては不合格”のはんこを押されたような残念な気持ちになった。
まぁ、それでも、Instagramに写真を上げれば、彼は時たま「いいね!」をしてくれたし、私も「いいね!」をして、たまにコメントをして、たまにDMをする、という“Instagram友達”に落ち着いた。
だけど、そう安々とこの“独身彼女なし好物件”を「いつかお互いの人生の線路が交じり合って交際・結婚なんてこともあるやもしれぬ(あってくれ)リスト」から外すことはできずにはいた。
*
そうこうしているうちに、彼のInstagramの更新は止まり、彼の日常を垣間見ることはできなくなってしまった。
そんな折に、あのツーショット写真を見つけたわけである。
ことに触れ、あの写真を見つめては「私じゃダメで、いったいどんな子だったら彼にとって良かったのだろう?」と、知ったところで今さらどうしようもないことを突き止めたくなってしまう。長く険しい無謀な行いになるとはわかっていても。
そうして先日、私はついに彼の過去の写真を一枚一枚さかのぼり始めた。
コメントをしている女子のアカウントをことごとく見に行った。(どんだけ暇なんだ?)
そしてことごとくこの壁にぶち当たった。
「このアカウントは非公開です。このアカウントの写真や動画を見るには、フォローリクエストを送信してください。」
送信できるかい!
そんな無様な泥試合を続けること数時間……ついにあるアカウントに目が留まった。
そのアカウント名は「姓+姓+名」になっていて、最初の姓がなんと彼の姓と同じであった。偶然かもしれない。関係ないかも。でも、なんだか妙な〈予感〉がして、クリックした。
すると……幸い(?)非公開でハネつけられることなく、実直で日々を丁寧に暮らし生活している“無印良品系”女子の写真たちが広がった。
素敵だなぁ〜これなら彼が恋に落ちてもおかしくないぁ〜、とため息まじりにスクロールしていくと、ちらほらと既視感のある写真が目に入ってくる。
─この場所、彼も行ってたな……。
〈予感〉がそわそわと〈確信〉への点滅を始めた。
そこで、彼女の最初の投稿からじっくりと見てみることにした。
─あ、この時期から彼の「いいね!」が付き始めてる。(私とごはん食べに行ってからちょっと後だ……)
─この場所、彼も前に投稿してるから、連れて行ってもらったんだろうな。
彼と彼女のInstagramを別タブで開いて、答え合わせをするかのように照らし合わせながら見ていった。作業の効率化、だいじ。
─お、彼が初コメント。彼女は敬語で返信している。
─ん? 今度は彼、コメントで積極的に彼女を誘ってる。もう公開ラブレターじゃん!
─おお彼女、彼に誘われてここ行ったんだ? 彼への返信がタメ語になってる! この日、急接近したっぽい。
─うわー。なんでもない野良猫の写真にふたりでほのぼのコメントし合ってるー。これって付き合う直前の蜜月じゃーん。もうこりゃ付き合うなこのふたり。あとは時間の問題だ!
─あれ? 彼女のコメントが敬語に戻ってる。何かあったの……ねぇ?
と、いつの間にかふたりの成り行きをハラハラと見守りだす始末。もはやテラハ感覚?
そして、この日を最後にふたりがコメントをし合わなくなって心配していたところ、ずいぶん経ってからの彼女の投稿への友達のコメントにハッとする。
「◯◯での新生活、落ち着いた?」
◯◯とは彼が住んでいる土地だ。
ふ、ふたり……もしかして同棲し始めたん?
なんだ良かったやーーーん!
コメントし合わなくなったのは、付き合い始めたからだったのね。なんだなんだ、なんだー。
それから、
「今年はたいせつなものを手にした年でした」
という彼女の年末の挨拶に、そうそう、そうだよねお見事! と涙し、
「来年はどうなるのかな。。」
とこぼした不安に、だいじょうぶ! ふたりはお似合いだよ! とエールを送りたくなる心地にすらなっていた。
そして年が明け……彼女の写真に、あのツーショット写真にもタグ付けされていたお店と同じ位置情報が入っていた。
ああ、やっぱり。彼女なんだ。
私の長く険しい道のりが、ようやく確かに終着地点に辿り着いたという実感がした。
その感覚を後押しするかのように、そのあとの彼女の何気ない日常の食卓写真には「結婚したのだ、としみじみ」。
ああ、本当に。おめでとうおふたり。どうぞ末永くお幸せに……。
*
きっかけは、ミーハーな好奇心からだったけど、ふたりの軌跡をたどっていくうちに、ひとつの素敵なラブストーリーを見せられたような気持ちで胸がいっぱいになっていた。
ありがとう。(勝手にのぞき見てしまってごめんなさい‼︎)
そして、彼の投稿が止まった理由も、なんとなく合点がいった。
自由にSNS交遊を謳歌することのできる稀少な独り身男子が、またひとり姿を消したのだった。
あの人、まだ独身だ──そう思えている時間のなんと幸せなことか。その儚さも尊さも含め。
あゝいつか、私もInstagramで想いを深め合いたい。
24時間で消えるストーリーズじゃなくて、永遠のラブストーリーを手に入れたい。
とりあえず、過去にアップした自筆ポエムの写真は、あとで消そうと思う。
Illust/久保夕香(@yuka1263)
おもに恋とじーん➢twitter